■デューク更家(でゅーく さらいえ)

デューク更家

ウォーキングドクター/体育学博士

気功を取り入れたウォーキングストレッチを考案し、独自の理論に基づく心身ともに美しくなるウォーキング術を提唱。DUWAS(デュークウォーキング協会)を設立し、全国で多数のインストラクターを養成。近年は、化粧品会社、製薬会社や女性ウェア会社、エステ関連会社などで美や健康に関するカルチャースクール、美しい歩き方セミナーなどをプロデュース。また、TV出演、書籍出版、ビデオ発売等、幅広く活躍中。
<準備物>ヘッドフォンマイク・姿見・CDプレイヤー、その他

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■山口素弘(やまぐち もとひろ)

山口 素弘

サッカー解説者

1969年1月29日、群馬県生まれ。前橋育英高時代には群馬県代表として国体にも出場、東海大学時代は選手権でMVPを獲得するなど当時から活躍。プロ生活では、リーグ現役生活17シーズン中、14シーズンで主将を経験した類稀なキャプテンシーの持ち主。横浜フリューゲルス消滅時の天皇杯で、主将として優勝カップを掲げた姿が多くのサッカーファンの心を打った。フランスW杯アジア最終予選第3戦、国立競技場で行なわれた韓国戦でのループシュート、ジョホールバルで行なわれたアジア第3代表決定戦で、勝利に貢献した歴史的なインターセプトなど、記憶に残るプレーも多い。危機管理意識の高い守備と、一蹴りでチャンスを演出する秀逸なパスと卓越したゲームコントロール能力を持ち、日本サッカー界における“ボランチ”の歴史は彼から始まったと言われている。現在は、サッカー解説者として活躍中。
<準備物>プロジェクター・DVDプレーヤー

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■小出義雄(こいで よしお)

小出 義雄

陸上競技指導者/佐倉アスリートクラブ監督

女子マラソンの五輪メダリストを育てた名監督。1939年4月15日生れ。千葉県出身。順天堂大学時代に3回箱根駅伝を走り、卒業後23年間高校教師として陸上部の指導を続ける。市立船橋高校監督として高校駅伝優勝。88年リクルートランニングクラブ監督就任。全日本実業団女子駅伝2連覇。97~'02年積水化学女子陸上部監督就任。現在、佐倉アスリートクラブ(株)で社長兼現場監督。現在、多数の選手を預かり、現場で指導中。

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■塚原光男(つかはら みつお)

塚原 光男

体操指導者
 
1947年12月22日生まれ。東京都出身。メキシコ、ミュンヘン、モントリオールの3大会で、団体3個、個人2個の金メダルを獲得。72年のミュンヘン大会で金メダルを獲得した鉄棒では、「月面宙返り(ムーンサルト)」を発表し世界を驚かせた。引退後はコーチとして後進の指導にあたり、男子団体で金メダルを獲得したアテネオリンピックでは総監督を務めた。アテネオリンピックの金メダルメンバー塚原直也選手は長男である。 

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■植田辰哉(うえた たつや)

植田 辰哉

現 男子バレーボール日本代表監督

1992年、バルセロナオリンピックに主将として出場し、6位入賞を果たす。2005年、低迷を続けていた日本代表の監督に就任。凄まじい量の練習や、日本代表選手としての誇りを持つことを選手に要求するなど、強烈なリーダーシップでチームを作り上げた。そして、2008年北京オリンピック世界最終予選にて、16年ぶりのオリンピック出場を勝ち取る。出場権を獲得した瞬間、コートに倒れこみ、男泣きした姿は日本中に大きな感動を与えた。座右の銘は、『驕兵必敗』
<準備物>プロジェクター・DVDプレーヤー

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■中垣内祐一(なかがいち ゆういち)

中垣内 祐一

堺ブレイザーズ(バレーボール)監督

1967年、福井県生まれ。中学からバレーボールを始める。藤島高校在学時は同好会に所属。1989年筑波大学4年時のワールドカップに全日本代表として出場し、全日本のエースの座を獲得する。大学卒業後、新日鐵に入社。1992年のバルセロナ五輪では6位入賞を果たすなど、90年の全日本男子をスーパーエースとして支えた名選手。2004年に現役引退、現在は新日鐵バレーボール部が法人化された堺ブレイザーズにて監督を務めている。

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■京谷和幸(きょうや かずゆき)

京谷 和幸

車いすバスケットボールプレイヤー

1971年8月13日生まれ。北海道出身。89年室蘭大谷高校から90年古河電気工業(株)に入社。バルセロナ五輪の候補にも選ばれ、91年にジェフ市原とプロ契約。93年Jリーグ開幕半年後に、交通事故により脊髄損傷、車椅子生活になる。リハビリの一環として始めた車椅子バスケットボールでパラリンピック日本代表に。現在は、株式会社サリダ・アドに勤務の傍ら、障害者のスポーツを多くの人たちに広めたいと「夢」「出会い」「感謝」をテーマに全国で講演会を行なったり、車椅子バスケットボール教室なども積極的に行なっている。09年2月には自身の実話が映画「パラレル」として公開される。
<準備物>プロジェクター・DVDプレーヤー

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■喜熨斗勝史(きのし かつひと)

喜熨斗 勝史

サッカーフィジカルコーチ

1964年10月6日、東京都生まれ。日本体育大学卒業後、同大学研究員、都立高校の教員を経て東京大学大学院総合文化研究科に入学。同修士課程修了後、1997年にベルマーレ平塚のフィジカルコーチで指導者としてのキャリアを始め、Jリーグ所属のクラブでフィジカルコーチを歴任した。2004年、三浦知良のパーソナルコーチとして契約。2005年以降は横浜FCでコーチを務め、2006年には横浜FCをJ2リーグ優勝に導き、J1昇格を陰で支えた。2007年4月より早稲田大学スポーツ科学学術院の研究員、日本体育大学大学院講師を務め、2008年シーズンからは名古屋グランパストップチームのフィジカルコーチを務める。 
<準備物>プロジェクター

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■田中ウルヴェ京(たなかうるヴぇ みやこ)

田中ウルヴェ 京

メンタルスキル・コンサルタン

1967年生まれ、東京都出身。10歳からシンクロナイズドスイミングを始め、13歳でジュニア日本代表選出。史上最年少の15歳で日本代表チーム入り。1988年ソウル五輪デュエット種目銅メダル。現役引退後は、6年半の米留学、ナショナルコーチを経て、「株式会社 MJコンテス」を立ち上げ、プロスポーツ選手からアーティスト・役者・一般まで、幅広い層に向けて、個々の能力発揮を目的としたメンタル・トレーニングを行っている。

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■デューク更家(でゅーく さらいえ)

デューク更家

ウォーキングドクター/体育学博士

気功を取り入れたウォーキングストレッチを考案し、独自の理論に基づく心身ともに美しくなるウォーキング術を提唱。DUWAS(デュークウォーキング協会)を設立し、全国で多数のインストラクターを養成。近年は、化粧品会社、製薬会社や女性ウェア会社、エステ関連会社などで美や健康に関するカルチャースクール、美しい歩き方セミナーなどをプロデュース。また、TV出演、書籍出版、ビデオ発売等、幅広く活躍中。
<準備物>ヘッドフォンマイク・姿見・CDプレイヤー、その他

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■山口素弘(やまぐち もとひろ)

山口 素弘

サッカー解説者

1969年1月29日、群馬県生まれ。前橋育英高時代には群馬県代表として国体にも出場、東海大学時代は選手権でMVPを獲得するなど当時から活躍。プロ生活では、リーグ現役生活17シーズン中、14シーズンで主将を経験した類稀なキャプテンシーの持ち主。横浜フリューゲルス消滅時の天皇杯で、主将として優勝カップを掲げた姿が多くのサッカーファンの心を打った。フランスW杯アジア最終予選第3戦、国立競技場で行なわれた韓国戦でのループシュート、ジョホールバルで行なわれたアジア第3代表決定戦で、勝利に貢献した歴史的なインターセプトなど、記憶に残るプレーも多い。危機管理意識の高い守備と、一蹴りでチャンスを演出する秀逸なパスと卓越したゲームコントロール能力を持ち、日本サッカー界における“ボランチ”の歴史は彼から始まったと言われている。現在は、サッカー解説者として活躍中。
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■小出義雄(こいで よしお)

小出 義雄

陸上競技指導者/佐倉アスリートクラブ監督

女子マラソンの五輪メダリストを育てた名監督。1939年4月15日生れ。千葉県出身。順天堂大学時代に3回箱根駅伝を走り、卒業後23年間高校教師として陸上部の指導を続ける。市立船橋高校監督として高校駅伝優勝。88年リクルートランニングクラブ監督就任。全日本実業団女子駅伝2連覇。97~'02年積水化学女子陸上部監督就任。現在、佐倉アスリートクラブ(株)で社長兼現場監督。現在、多数の選手を預かり、現場で指導中。

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■塚原光男(つかはら みつお)

塚原 光男

体操指導者
 
1947年12月22日生まれ。東京都出身。メキシコ、ミュンヘン、モントリオールの3大会で、団体3個、個人2個の金メダルを獲得。72年のミュンヘン大会で金メダルを獲得した鉄棒では、「月面宙返り(ムーンサルト)」を発表し世界を驚かせた。引退後はコーチとして後進の指導にあたり、男子団体で金メダルを獲得したアテネオリンピックでは総監督を務めた。アテネオリンピックの金メダルメンバー塚原直也選手は長男である。 

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■植田辰哉(うえた たつや)

植田 辰哉

現 男子バレーボール日本代表監督

1992年、バルセロナオリンピックに主将として出場し、6位入賞を果たす。2005年、低迷を続けていた日本代表の監督に就任。凄まじい量の練習や、日本代表選手としての誇りを持つことを選手に要求するなど、強烈なリーダーシップでチームを作り上げた。そして、2008年北京オリンピック世界最終予選にて、16年ぶりのオリンピック出場を勝ち取る。出場権を獲得した瞬間、コートに倒れこみ、男泣きした姿は日本中に大きな感動を与えた。座右の銘は、『驕兵必敗』
<準備物>プロジェクター・DVDプレーヤー

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■中垣内祐一(なかがいち ゆういち)

中垣内 祐一

堺ブレイザーズ(バレーボール)監督

1967年、福井県生まれ。中学からバレーボールを始める。藤島高校在学時は同好会に所属。1989年筑波大学4年時のワールドカップに全日本代表として出場し、全日本のエースの座を獲得する。大学卒業後、新日鐵に入社。1992年のバルセロナ五輪では6位入賞を果たすなど、90年の全日本男子をスーパーエースとして支えた名選手。2004年に現役引退、現在は新日鐵バレーボール部が法人化された堺ブレイザーズにて監督を務めている。

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■京谷和幸(きょうや かずゆき)

京谷 和幸

車いすバスケットボールプレイヤー

1971年8月13日生まれ。北海道出身。89年室蘭大谷高校から90年古河電気工業(株)に入社。バルセロナ五輪の候補にも選ばれ、91年にジェフ市原とプロ契約。93年Jリーグ開幕半年後に、交通事故により脊髄損傷、車椅子生活になる。リハビリの一環として始めた車椅子バスケットボールでパラリンピック日本代表に。現在は、株式会社サリダ・アドに勤務の傍ら、障害者のスポーツを多くの人たちに広めたいと「夢」「出会い」「感謝」をテーマに全国で講演会を行なったり、車椅子バスケットボール教室なども積極的に行なっている。09年2月には自身の実話が映画「パラレル」として公開される。
<準備物>プロジェクター・DVDプレーヤー

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■喜熨斗勝史(きのし かつひと)

喜熨斗 勝史

サッカーフィジカルコーチ

1964年10月6日、東京都生まれ。日本体育大学卒業後、同大学研究員、都立高校の教員を経て東京大学大学院総合文化研究科に入学。同修士課程修了後、1997年にベルマーレ平塚のフィジカルコーチで指導者としてのキャリアを始め、Jリーグ所属のクラブでフィジカルコーチを歴任した。2004年、三浦知良のパーソナルコーチとして契約。2005年以降は横浜FCでコーチを務め、2006年には横浜FCをJ2リーグ優勝に導き、J1昇格を陰で支えた。2007年4月より早稲田大学スポーツ科学学術院の研究員、日本体育大学大学院講師を務め、2008年シーズンからは名古屋グランパストップチームのフィジカルコーチを務める。 
<準備物>プロジェクター

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■田中ウルヴェ京(たなかうるヴぇ みやこ)

田中ウルヴェ 京

メンタルスキル・コンサルタン

1967年生まれ、東京都出身。10歳からシンクロナイズドスイミングを始め、13歳でジュニア日本代表選出。史上最年少の15歳で日本代表チーム入り。1988年ソウル五輪デュエット種目銅メダル。現役引退後は、6年半の米留学、ナショナルコーチを経て、「株式会社 MJコンテス」を立ち上げ、プロスポーツ選手からアーティスト・役者・一般まで、幅広い層に向けて、個々の能力発揮を目的としたメンタル・トレーニングを行っている。

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